神経症を治す掲示板第二  書き込み自由


カテゴリ:[ 健康/医療/介護 ] キーワード: 神経症 森田療法 対人恐怖


601件の内、新着の記事から50件ずつ表示します。


[548] ここの管理人さんとわたしとの違い

投稿者: 投稿日:2018年 5月15日(火)13時37分3秒   通報   返信・引用

わたしは論争を悪者として否定しているわけではない。
ただ、人は自分の主観を生きるもの。
人の中にある、人との対立意識が神経症を生み出しているので、わたしは論争を良しとはしないというだけ。
論争(神経症)を敵にしているわけではないので、ここの管理人さんとは違って敵ができません。
敵ができないという事は仲間も出来ない。
これが人に依存しない生き方であり、ただの共存として存在できる在り方です。
わたしの話は基本的には相手には伝わらないが、伝わる場合、相手はわたしの前から消えます。
ですから確認のしようはないが、これで良しです。
これが、自立して生きるという事だから。


じゃあね!



[547] 最後に1つ

投稿者: 投稿日:2018年 5月15日(火)12時58分58秒   通報   返信・引用

他人との論争を良しとするという事は、神経症者に神経症でいろと言うのと同じこと。
だから掲示板でそれらをしかけてくるものを弾き飛ばしてきた。

終わりです。



[546] やっぱり戻ってきた

投稿者: 投稿日:2018年 5月15日(火)12時50分25秒   通報   返信・引用

勝手にしてください。時間の無駄。
そもそもわたしが言いたいことは伝わってないし、ここで伝わるとは思ってない。
論争もやり切れば終わりがあります。
わたしはもう尽きました。
神経症を完全に手放すとはこういう事。
自分が自分と論争起こすのが神経症であり、相手が他人になってもこれは同じ事です。
相手が自分であろうが他人であろうが、人に対しての執着心が論争です。
ここでのあなたの相手は他の人がしてくれますよ。
ここ、そういう場だから。
最終的にはどちらかが引いて終わり。
そうして我が消えていく。

依存心まるだし。気持ち悪い。
↓↓↓



[545] 海さんへ

投稿者: you 投稿日:2018年 5月15日(火)12時30分7秒   通報   返信・引用

なぜ争い(議論・論争)を恐れているのですか?
なぜ、論争は駄目だと思っているのですか?
それは、相手と意見が対立すると自分が否定されたと思ってしまうほど「我」が強いからでしょう。
「我」にこだわりさえしなければ気楽な気持ちで論争ができます。
実は、論争というものは価値があるのです。
論争を繰り返すことによって自分と意見が異なる人の考え方や気持ちが徐々に理解できるように
なるものです。学問の世界でも(特に、文系の学問では)昔から論争が盛んです。
「我」が傷付くと思って論争を避けている人は、死ぬまで自分の殻の中の世界で生き続けること
になるでしょう。もっと気楽に論争を楽しんで欲しいと思いますね。



[544] 気づきは固定観念を反転させたところにある

投稿者: 投稿日:2018年 5月15日(火)11時34分0秒   通報   返信・引用

完全な肯定と完全な否定は同じこと。
自分の中に、相手(教え)を意識対象として残したままに全肯定しているのがHNさんであり、その正反対としてここの管理人さんがいる。

人に騙されやすいのは、悩み多い人と一般的には言われるが、これにも反対視点が存在する。
悩みが多いからこそ、騙されにくいという視点もある。
騙されるか騙されないかは、人の中の依存心による。
依存心というものは、本人に自覚がない場合もある為、一見悩みがない人の中にも存在するものです。
神経症者に対して全てを一括りに語っていては争いは消えない。
ですから、神経症者に対しての視点も反対視点が存在する。
他人からどう見えようと、これがわたしのここでの存在理由にもなっている。
わたしは理解者を求めていない為、ほぼ、一方通行が成り立っている。
自分への理解者を求めて人はぶつかる。
これが依存心。

人の中の、苦しみを悪とする考え方が、固定観念を反転出来ない見方をさせる。



[543] 世の中に指針を残す人はほんと迷惑

投稿者: 投稿日:2018年 5月15日(火)09時51分40秒   通報   返信・引用

仏教であろうがなんであろうがみんなそう。
正解としての教えを残すから、そこで争いが起きる。
自分の中に療法(教え、自分)を意識対象として残していれば、捨てようが捨てまいが、それは同じ事になる。
意識対象への依存があるからブーメランが返ってくる。
本当に争いを嫌う人は、常にその場その場で完結して生きる為、世の中に指針(我)なんか残さない。



[542] つまりのところ

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月15日(火)01時04分57秒   通報   返信・引用

結局、youさんも森田信者から抜けることが出来ないのですね。
だから斎藤さんと戦いを始めてしまうのでしょう。
森田批判を許せないのです。

似て非なるものは多いですよ。

斎藤さんは最終的に療法を捨てろと言っていることに最大の価値がある。

仏教の解釈だってそう。神経症者に仏教を理解できるわけがない。オウム真理教がそうだったように悩める人はだまされやすい。洗脳されて自爆テロをやるような人にならないでくださいね。



[541] HNさん。何故貴方は自分を偽って投稿するのか。

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月14日(月)19時56分31秒   通報   返信・引用

HNさん。何故貴方は自分を偽って投稿するのか。自分の意見が間違っていなければ
自分を隠す理由がないではないか。書くたびに自分の名前を変えると言うのは、自分が
乱れていることを宣言しているに等しい。

以前、海さんがそれをした。しかも激しい形で毎回文章を張り付けるような無礼を
働いた。これは他人にゴミを投げている振りをしながら、自分の生活が追い詰められて
いるのを示している。

反論を書いても立ち入らないが、自分の名前をいい加減に付ける、毎回変えるを
したら私は許さない。



[540] 最後に

投稿者: you 投稿日:2018年 5月14日(月)15時10分14秒   通報   返信・引用

最後に一つだけ補足させて頂きます。

私も日常生活での雑用を進んですることは非常に大切だと思っています。
それは「森田療法」の基本でもあります。
ただ、水谷先生が主張されていたように「人間観、人生観」が根本から変わらなければ
神経症は本当には治らないので、両方を心掛けていくことが大切だと思います。

では、さようなら。



[539] Re: [537] youさん

投稿者: you 投稿日:2018年 5月14日(月)14時52分5秒   通報   返信・引用

>無の動きによって神経症の改善を目指している方が多く集います。

それを主眼としていたのが鈴木知準診療所や三聖病院(宇佐療法)でしたが、
治ったのはほんの一部患者さんだけでしたね。
私は全く別の考え方(主として水谷啓二先生の考え方)によって治りましたから、
「動き」によって治るという考え方は支持していないのです。
私は、「動き」によって改善されるのは非対人の強迫観念だけであって対人恐怖には
ほとんど効果がないと思っています。

>治った人たちの間での議論は、今現在神経症で苦しんでいる人たちの歩みを遅らせ、不必要な苦しみを生じさせてしまいがちです。

治っていない人達には治った人の考え方は理解出来ないのが普通ですから、混乱はある
と思いますが、それは決してマイナスにはならないと思いますよ。
私も治るまでは水谷先生の教えはさっぱりわかりませんでしたが、治った時には
「本当にその通りだった、水谷先生が言われていた通りだった」とわかったのです。
ずっとその方向での解決を模索し続けていて本当に良かったとつくづく思ったのです。

「動き」の考え方で良くならない人(特に、対人恐怖の人々)は、是非、水谷先生が
教えられたような「仏教的な人間観」について勉強して頂きたいと思います。
(書き続けると削除されますし、私も多忙な身ですのでもう書きませんが)重症の方は
参考にして頂ければと思います。



[538] Re: youさん

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月14日(月)13時28分54秒   通報   返信・引用 > No.537[元記事へ]

> 動きの否定や他者の治りの判定、治りのレベルに関する自己主張等の書き込みは、
無用な議論を呼び起こすだけで終わることが多く、誰のためにもならないことが多いようです。

動きを否定するのは自分が動けないからです。体が重くて動けない人間が会社に
行って何が出来ると言うのか。病人丸出しであり、直ぐにでも精神病院に行くべきだ。

> 治った人たちの間での議論は、今現在神経症で苦しんでいる人たちの歩みを遅らせ、
不必要な苦しみを生じさせてしまいがちです。

治ってないですよ。狂いの真っ盛りであり、しかも今後予定が絶たない。
HNだとかデヘマルが完治根治だと言うこの主張が狂いなのです。
ああ、神経症は重大な精神病なり。
精神病の定義とは”自分が正しいと主張する病気”です。



[537] youさん

投稿者: 投稿日:2018年 5月14日(月)12時50分10秒   通報   返信・引用

youさんのおっしゃることはごもっともかと思いますが、こちらのホームページでは、主に、無の動きによって神経症の改善を目指している方が多く集います。斎藤先生は、こちらの第2掲示板では自由に発言をしていいとおっしゃっておりますが、動きの否定や他者の治りの判定、治りのレベルに関する自己主張等の書き込みは、無用な議論を呼び起こすだけで終わることが多く、誰のためにもならないことが多いようです。
治った人たちの間での議論は、今現在神経症で苦しんでいる人たちの歩みを遅らせ、不必要な苦しみを生じさせてしまいがちです。



[536] 元の木阿弥

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月14日(月)12時35分1秒   通報   返信・引用

治ったとか言ってると元に戻ってしまいますよ。
なんかそんな気がしてならない。



[535] 最近思うこと

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月14日(月)08時50分19秒   通報   返信・引用

最近伝票類を処理したが、10年を経ったら必要とされる事がないだろうから、それ以上古いヤツはどんどん
ゴミ箱に放り込んだ。
問題は日付だ。日本は元号と西暦の2つで表示されていて混乱する。郵便局は元号で銀行は銀行毎に違う。
だから12と表記されていると平成12年か2012年かで混乱し、事務処理を煩雑にさせる。
今度元号を変えるらしいが、この際公文書を全部西暦に統一すべきだ。処理が簡単になるばかりか、
年齢計算も簡単になる。

TOEICについて
最近殆どセルビア人と英語を話している。彼等の英語の水準は高く、語彙も豊だ。彼等の多くが
3ヶ国以上の言葉を話す。それだけ話してあれだけの語彙とスムーズな会話だから恐れ入る。
その彼らがTOEICを受ける、あるいは試験を受けたの話を聞いたことがない。もちろん基礎的な教育は学校
でやっているだろうが、5か国も教えるはずがないから、皆自分で努力をして言葉を身に着けている。

それに比べて日本人は直ぐ試験だ、TOEICだ、文法だと言って、英語を話すヤツを見たことがない。
テストは自分自身が毎日やるものであり、受けに行くものではない。会話を綺麗にこなすには、猛烈な
努力が要求され、しかも終わりがない。テストを言う人間は、何点取ったら終わりにすると言うだろう。
そんな人間と英会話する気にはなれない。



[534] 人はお互い様

投稿者: 投稿日:2018年 5月14日(月)02時27分11秒   通報   返信・引用

おしまい。



[533] 横から失礼

投稿者: 投稿日:2018年 5月14日(月)02時05分46秒   通報   返信・引用

あなた方は相手の自尊心を捨てさせようとする。
プライドと自尊心は違う。
自尊心よりも治りを選択すれば、他人の言葉で治るというだけです。
これで治った場合、治る為という前提の餌でコントロールされて謙虚になって治ったわけであり、プライドは残るので、人の下に立って治った者は今度は人の上に立って教えるようになる。
上から目線に生きる自分と下から目線に生きる自分を、時間差で生きる事になる。
過去に誰かに救われて自分の立ち位置が下の状態を生きた場合、次は自分の立ち位置を上の状態にして人に教えようとする。
これが恩返しの連鎖を生む。
人はこのようにして、自分の中の上と下のバランスとろうとするが、これをやってる限り、人との争いは消えません。



[532] Re: おめでとう

投稿者: you 投稿日:2018年 5月14日(月)00時10分21秒   通報   返信・引用 > No.531[元記事へ]

同じ神経症の人でも、治った人から謙虚に学ぼうとする人は早く治りますが、
治った人と敵対し競争しようとする人は学ぼうとしないのでいつまでも治りません。
「上から目線」などというでもよいことにこだわるプライドが治ることを妨げてしまう
のでしょう。
(先にも書きましたが、ここに具体的なことを書くと管理人さんに削除されてしまうので、
ヒントぐらいしか書けないのが残念です。)



[531] おめでとう

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月13日(日)23時33分23秒   通報   返信・引用

youさん
治ってしまうと「教えてあげる」ですか。
それを上から目線と言う。
内容部分?
斎藤さん未満でしょ。以下じゃないよ。
何を教えたんだ。何も教えていないでしょう。



[530] Re: 言葉たくみだけど

投稿者: you 投稿日:2018年 5月13日(日)22時51分58秒   通報   返信・引用 > No.529[元記事へ]

上から目線のつもりはないのですが、治ってしまうと
「教えてあげる」という気持ちになってしまうので、そう思われるような書き方になってしまうのかも
知れません。ただ、そのような表面的な部分にとらわれずに、内容部分を受け取ってもらいたいですね。



[529] 言葉たくみだけど

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月13日(日)22時33分32秒   通報   返信・引用

youさん
上から目線はやめましょう



[528] Re:[522] you 様へ

投稿者: you 投稿日:2018年 5月13日(日)21時43分41秒   通報   返信・引用

>人生は終わるまでが修行と思います。

神経症は病気ですから、病気は治ればおしまいでしょう。
一生かけて治して行く必要はありませんね。

>完成するといった事も無いように見えます。

人生の探求に関してはそうでしょうが、病気(神経症)については別ですね。
いつまでも病気である必要はありませんね。



[527] 簡単に申し上げます

投稿者: 投稿日:2018年 5月13日(日)21時36分49秒   通報   返信・引用

考え方はそれぞれで良いので、相互間で会話するつもりはありませんが、神経症というのは、自分の中にある人への執着心によって、自分が自分に執着する事になり、自分が自分を苦しめているものです。
神経症という状態になる人とならない人がいるのは、人の中にある執着心に対して苦しむ事が出来るか出来ないかの違いであり、人それぞれの選択の違いです。
ですから、どういった状態になれば神経症の治りかというのも人それぞれ違います。
自分の中に人への執着心を残したままに神経症を卒業する人もいれば、そうではない人もいるからです。

以上。



[526] わたしの神経症について

投稿者: 投稿日:2018年 5月13日(日)21時04分39秒   通報   返信・引用

わたしの場合、自分自身に執着するから他人に執着し、他人に執着するから自分自身に執着するという状態であり、これがわたしの神経症。
ですから、わたしが神経症を卒業するという事は、自分と他人への執着が同時になくなる事を意味します。
ですから神経症を卒業したなら、わたしはここに戻る事はありません。

では。



[525] HNさん、長い間ありがとうございました

投稿者: 投稿日:2018年 5月13日(日)20時48分37秒   通報   返信・引用

わたしの場合、神経症を卒業したなら、神経症時代の自分を考えることもなくなる為、ネットに戻ることはありません。
自分が導き出した答えをあえて人と共有しようとは思わなくなった時が、わたしが解放される時です。
答え合わせの必要はありません。



[524] 理解に苦しむこと

投稿者: H.N 投稿日:2018年 5月13日(日)20時07分6秒   通報   返信・引用

   神経症者の殆どは斎藤と戦いを始めてしまうが、これが分からない。
自分を苦しめているのは神経症脳であり、この脳は恐らく死ぬまで苦しめる。
戦うべきは自分の脳であって、斎藤と戦いをしても何の意味もない。

争う気持ちはないのですが、再投資が【あるがままの間違いー この世の中にあるがままと言いつつ生きている人は誰もいない。いれば森田療法を実施している神経症患者だけであり、彼等はあるがままと言いながら神経症の世界に貼り付けになっている。健康世界ではあるがままと言う言葉そのものが存在しない。】

というようなことを書いていますのでおかしいと言っているだけです。神経症を治すための言葉ですよっと!

再投資が森田先生や鈴木知準先生に【神経症者の治っていない人や勘違いしている人は『、、、と戦いを始めてしまうが】という状態を醸し出しているだけです。

貴方が始めた戦いに見えています。



[523] 海様へ

投稿者: H.N 投稿日:2018年 5月13日(日)19時44分58秒   通報   返信・引用

[517]の中で神経症の治りを語っていますが、神経症の治りは多分貴方が描いているものとかけ離れていると思います。

治したいとか、治りたいとかといった想いが、結論として【治る必要が無かった事】になってしまう事だからです。

今の貴方の思惑が見事に外れる事を意味していますので、治った暁にもう一度感想を聞かせて下さい。



[522] you 様へ

投稿者: H.N 投稿日:2018年 5月13日(日)19時38分11秒   通報   返信・引用

[512] もっと自由な世界があります の中で貴方が書いていますが、人生は終わるまでが修行と思います。或は発展途上という意味でもあると思います。又完成するといった事も無いように見えます。

完成したと思った瞬間から、「油断が始まっているからです。」



[521] ヒントだけ

投稿者: you 投稿日:2018年 5月13日(日)19時22分21秒   通報   返信・引用

掲示板第一に書き込んでいる「むらじ」という人は斎藤氏ご本人なのですね。
私は「無為サイト」の新参者なので、そのことに気が付きませんでした。
斎藤さんはご自身の「小さな治り」の宣伝に一生懸命のようですが、世の中は
広いもので、斎藤さんが思いもよらない世界や神経症の解決方法があるという
ことを知って欲しいものです。
ただ、あまり書くと削除されてしまうので、ここではヒント程度のことしか
書けないのが残念です。



[520] ネット世界

投稿者: 投稿日:2018年 5月13日(日)09時31分3秒   通報   返信・引用

ネット世界は比較の世界。
情報発信側と受け手側での相互間のやりとりでは比較しか生み出せない。
相手から返ってくるものは自分自身の我でしかない。
だからネット世界の中で分かり合える事はない。
最終的にネット世界に居場所を持たなくなってこそです。



[519] なぜ決めつける

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月13日(日)08時37分28秒   通報   返信・引用

>下の人はとうとう管理人さんの意見に染まったようです。

あなたには関係ないだろ。同意できる部分は同意して、意見の異なる部分は言わせてもらってる。

出番争いをしているのはあなただろう。私はあなたのような天邪鬼ではないのだ。



[518] 雑用の効用

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月13日(日)07時37分41秒   通報   返信・引用

今年の冬は寒かった。1月に東京としては稀に見る最低気温マイナス5度を記録した。日中も
2度か3度で、この時に雑用を考えていたら、ふとエアコンの中を掃除したらどうかと
閃いた。そこで室内機のカバーを取って中を覗いたら、ああ、フィルターがごみでいっぱいでは
ないか。厚さにして1cm位積もっていた。通りでエアコンが温まらないはずだ。

直ぐ、掃除機で吸引して掃除した。そしたらどうだろう。いっぱいにエアコンを
回しても、精々室内温度が25度しか行かなかったのが、掃除後、最低に絞っても
軽く27度まで行ってしまう。暖かい日など、エアコンをしばしば切らないと室温が
上がり過ぎてしまう。

エアコンばかりでなく、雑用をしていると思わぬ褒美を発見する。
ずっと前の話であるが、年末に念入りに掃除をしていたら、なんと5万円が出て来た。
あの頃お金に少し不自由していたから、これは有難かった。
やはり動きには報酬があるのです。



[517] youさん

投稿者: 投稿日:2018年 5月13日(日)06時07分27秒   通報   返信・引用

ここで他人を相手に会話に加わる事自体、あなたもわたしもみんな同じく途中の人です。
棚上げだから絡まれる。
自分の目の前に投影される現実は嘘をつけない。
目の前には自分が映し出される。
わたしが考える神経症完治は、昔の自分に戻るではなく、神経症の前と後では、ある意味、スッカリ人間性が変わること。
他人との比較の中で生きることが終わり、自分の中のコンプレックスがスッカリ消滅した状態を、わたしは神経症完治とする。
目がさめると、比較の中で生きなくなる。

誰でも例外なく、人の成長に後戻りはない。


自由ですが、ここに居座るつもりはないので返信は無用。
無駄というものはないが、相互間会話は時間の無駄。



[516] (無題)

投稿者: 投稿日:2018年 5月13日(日)05時15分48秒   通報   返信・引用

下の人はとうとう管理人さんの意見に染まったようです。
それならそれで問題ないが、やはりここの住人は我をおし通す。
自分の出番争いをやめられない。
相手が引くまで終わりのない会話を繰り広げる。

失礼、余計なお世話でした。
もういい加減に致しますが、鼻についてしかたなかったので。
どの視点から見た健常者かは知らないが、健常者というカテゴリーに拘り、いつまでも人の上に立ったつもりになって夢見てたらいい。



[515] Re: youさんの世界

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月13日(日)01時18分57秒   通報   返信・引用 > No.514[元記事へ]

> どこにでもいる平凡な人間になっただけですよ。

良かったですねえ。うらやましい。
斎藤さんもどこかで「残念ながら意識的に動くしかない」と書いていましたよ。
あなたの言う通りなのです。
ハードに問題を抱えているということに少し気を配ってください。



[514] Re: youさんの世界

投稿者: you 投稿日:2018年 5月13日(日)00時54分31秒   通報   返信・引用 > No.513[元記事へ]

> それよりyouさん、あなたはそんなに完璧な人間なのですか?

それは逆ですね。
私のようなのんびり好きの怠け人間が完璧であるはずがないでしょう。
立派な人間になることなどはとっくに捨ててしまって、のんびり生きている
どこにでもいる平凡な人間になっただけですよ。



[513] youさんの世界

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月12日(土)23時56分21秒   通報   返信・引用

youさん
それはハードに問題のない人には可能かも知れない。
ハードに多少の問題があると認めたから、
残念ながらその世界はあきらめているのですよ。
それよりyouさん、あなたはそんなに完璧な人間なのですか?



[512] もっと自由な世界があります

投稿者: you 投稿日:2018年 5月12日(土)23時29分41秒   通報   返信・引用

管理人さんは元より、H.Nさんも無さんも一休さんもまだ「途中の人」のようですね。
途中の人なので、「なり切って症状を忘れよう」という思いが見え隠れしています。
不安を見ないように努力している頼りなさがあります。
本当に心が変わって神経症を卒業すると、動く必要などは感じなくなります。
「のんびり」して寝転がっていても心に不安が生じることはありません。
鈴木知準氏が「のんびり」することを戒めておられたのなら、鈴木知準氏の境地も
大したものではなかったと言えるでしょう。



[511] 高等技術

投稿者: likehell 投稿日:2018年 5月12日(土)22時37分45秒   通報   返信・引用

>頭は何か別の事を考えていても体は勝手に動いて目的を達成する。

これは集中力を欠いた状態で神経症者には危険ですよ。何か別のことを考えさせると神経症の症状のことを考え出す。妄想してしまう可能性が高い。

健常者でも気を抜いた瞬間に道ばたに落ちているウンコを踏んでしまう。単純作業工が指を落とすのもこの瞬間です。

簡単なことならマルチタスクは便利ですよ。それでもマルチに集中力が及んでいなければならない。聖徳太子の逸話がそうでしょ。10人の話を同時に聞くことが出来たという。

極度の集中力が必要な場面、たとえばバドミントンの試合中に夕食のことを考えることなどできない。



[510] 一休さんの動き

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月12日(土)20時45分36秒   通報   返信・引用

一休さんの実際は、動けてないでしょう。彼の動作は何か不自然だ。動きとは家の中だろうが
外だろうが関係がない。目の一瞬の目配せから、階段の上り下りの激しいものまで、
動いている時は無意識がフル回転している。これがあるから生きているのが楽しいのです。
頭は何か別の事を考えていても体は勝手に動いて目的を達成する。この自然な動きが全ての神経症者で
消滅している。動きの消滅した世界では一気に地獄に突っ走る。



[509]

投稿者: 投稿日:2018年 5月12日(土)20時34分42秒   通報   返信・引用

斎藤先生と一休さんの動きの違いは、斎藤先生が無の動きであるのに対して、一休さんは症状の改善や社会的立場の向上を求める野心的な動きになっていることです。動きは無への橋渡しになるだけであり、動きそれ自体に治癒能力があるわけではありません。治癒能力があるのは無です。動きそれ自体に治癒能力を求めてしまったことが一休さんの間違いでした。



[508] 鈴木知準先生の教え

投稿者: H.N 投稿日:2018年 5月12日(土)18時29分37秒   通報   返信・引用

鈴木診療所での教えの中に、塚原卜伝に師事していた柳生十兵衛(或はまたべい?定かではありませんが?)の物語があります。

毎日、毎日スキさえあれば、木刀などで打ちこまれていたようです、訓練とか修行が大詰めになって来た或る日の事、風呂を焚くために火吹き竹で火の勢いを増していたところに、後ろから卜伝が、打ち込んで来たそうです、処が機が熟していたのでしょう、柳生十兵衛は『気配を感じて思わず、火吹き竹でその木刀をよける事が出来たようです。』

この思わずに避ける事が出来た事で『免許皆伝』になったという事のようです。

神経症は大抵が同じように治ってゆくようです。要点は『思う事によって思う事が出来ない症状』を神経症の人は悩んだり病んだりしています。思わずに出来た時は『神経症の外に居ます』

或は計らう事によって、計らう事が出来難くなる状態です。

或は意識する事によって、その意識する事が出来なくなるといった状態です。

鈴木知準先生が言っていた事は『身が成る』です。此処まで来た場合では後戻りをしない治りになっていると言っていました。



ただ残念な事は一休さんの治りです。、『さすがに今は、ふっとした動き、間髪入れない動き、はやっていません。』と言っていますが、思わないでいながら『ふっとした動き、間髪入れない動き、』が出るならこれこそが一休さんにおける完治の状態、或は一休さんの『身が成る』です。



[507] you様へ

投稿者: 通りすがりの野次馬 投稿日:2018年 5月12日(土)07時48分51秒   通報   返信・引用

OKです、了解しました。

処で一休さんは、『さすがに今は、ふっとした動き、間髪入れない動き、はやっていません。』と言っていますが、誰でも考えも無しに、やっているのではないのでしょうか?普通の動作そのものが『ふっとした動き、間髪入れない動き、』となって現れている気がします。



[506] (無題)

投稿者: 猫仙人 投稿日:2018年 5月12日(土)05時29分57秒   通報   返信・引用

対人恐怖の入院森田療法  常盤台神経科
https://www.youtube.com/watch?v=OHWWDtlcfa0



[505] Re: 森田先生や鈴木先生が治っていないという根拠は?

投稿者: youメール 投稿日:2018年 5月11日(金)19時01分24秒   通報   返信・引用 > No.500[元記事へ]

> 斎藤氏が治っていない事は良く分かりました。だからと言って、森田先生や鈴木先生が貴方と同じで治っていないという難癖の根拠は、何処にあるのですか?

斎藤氏が治っていない事が分かっているなら、もう何も聞く必要はないのではありませんか?
治っていない人の説明や根拠を聞いても何の意味もないのですから。



[504] Re: 森田先生や鈴木先生が治っていないという根拠は?

投稿者: you 投稿日:2018年 5月11日(金)18時58分55秒   通報   返信・引用 > No.500[元記事へ]

> 斎藤氏が治っていない事は良く分かりました。だからと言って、森田先生や鈴木先生が貴方と同じで治っていないという難癖の根拠は、何処にあるのですか?

斎藤氏が治っていない事が分かっているなら、もう何も聞く必要はないでしょう。
治っていない人の意見など聞いても意味はないのですから。



[503] 右脳と左脳の出番争いをやめる

投稿者: 投稿日:2018年 5月11日(金)18時27分35秒   通報   返信・引用

これは、他人との関係において言えば、自分が身を引く事を覚えるのと同じこと。
他人と意見を戦わせることが、右脳と左脳の出番争いと同じこと。
これは相手に対してのただの承認欲求です。
他人になりすましてまでも、相手に自分の意見を認めさせようとする行為、情けなくありませんか。

以上です。



[502] さすがに今は

投稿者: 一休さん 投稿日:2018年 5月11日(金)17時52分8秒   通報   返信・引用

さすがに今は、ふっとした動き、間髪入れない動き、はやっていません。

しかし、退院後は10年間はそれをやっていました。

家で、炊事、洗濯、掃除ぐらいは遣れる様に成りました。
特に料理は面白いです。



[501] Re: 先入観は悪

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月11日(金)16時13分10秒   通報   返信・引用

> 初回の入院だけで、一応は、現在だけに成り切れる態度が部分的にせよ少しは身に着いたと考えております。

これはおかしな表現だ。我々は、現在だけになり切って生きているのだろうか。なり切るも、なり切らないも
自然な脳はなり切るように出来ている。習うものでなく、自然にしていれば誰でも現在になり切っている。
動物も同じだ。そう成れなくなってしまったのが神経症と言う精神病であり、大変厄介な病気で
一度なると殆どの人が一生患う事になる。

元に戻すにはどうしたら良いか。
習うと言う事を止めないとならない。この世に生まれた万物は習わなくても成り切るようになっている。
習うなんて馬鹿な事を開始するから、改善した改善したと言いながら
気が付いたら50歳と言う事になる。

 > だから、何時までも団体生活での雑用に固執せず、例の天職恐怖を治すには、
恐怖突入で真面目にトライ アンド エラーで再就職活動をしていた方が
人生の浪費を抑えることが出来たであろうに、と後悔しています。

これは最悪。後30年は神経症が続く。恐怖突入すればするほど恐怖は力を増し、最後は発狂して
終わりになる。そんな事を考えている暇があるなら、直ぐ立ち上がって雑用ですよ。

私は100円ショップに行って色々小間物を買ってきた。生ごみ入れの蓋が大きすぎたから小さい蓋に
変えた。プラスチックの蓋を小さくするのは大変難しいが何とかやった。
小さなブラシで、穂先の長いものを買ってきて掃除をしたら隅々まで綺麗になった。

そろそろイカゲソが食べたくなったのでこれを又煮るか。1時間位煮ると大変柔らかくなり美味しい。
イカゲソがなくなったら又築地に買い出しに行く。新鮮で安い。癖になりますね。
残念なのは今度豊洲に移転して、遠くなる。そうなったら行けるかどうか。



[500] 森田先生や鈴木先生が治っていないという根拠は?

投稿者: 通りすがりの野次馬 投稿日:2018年 5月11日(金)13時27分16秒   通報   返信・引用

斎藤氏が治っていない事は良く分かりました。だからと言って、森田先生や鈴木先生が貴方と同じで治っていないという難癖の根拠は、何処にあるのですか?



[499] 先入観は悪

投稿者: 一休さん 投稿日:2018年 5月11日(金)13時20分25秒   通報   返信・引用

鈴木学校の初回の入院で、最苦痛であった勉強不能と2つある内の1つの強迫観念が治ってしまいました。
自分には、奇跡としか思えませんでした。

入院前に森田理論の本を乱読していまして、家での雑用の重要性は一応は書かれていたと思います。

そこで、それをすべく努力をしたのですが、結局は続かず、どうしても入り切ることが出来ず、森田正馬の言う、物その物に成り切ると言う言葉の意味が理解できませんでした。

続かなかったと云うのは、森田理論学習が弊害だったからだと思います。
故に、生活の発見会を嫌悪していますし、今更、森田関係の本など全く読む気にならないし、それをすれば症状は益々悪化し、ノイローゼにノイローゼを重ねる結果となります。

先程、2つの強固な強迫性障害が治ってしまったと書きましたが、それにより鈴木学校万能、団体生活での雑用万能という先入観、固定観念を持ってしまいました。

初回の入院だけで、一応は、現在だけに成り切れる態度が部分的にせよ少しは身に着いたと考えております。←斎藤先生に言わせれば、それは本物ではない、と言う事になるのでしょうが、、、、

だから、何時までも団体生活での雑用に固執せず、例の天職恐怖を治すには、恐怖突入で真面目にトライ アンド エラーで再就職活動をしていた方が人生の浪費を抑えることが出来たであろうに、と後悔しています。


601件の内、新着の記事から50件ずつ表示します。

お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.