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カテゴリ:[ 健康/医療/介護 ] キーワード: 神経症 森田療法 対人恐怖


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[5098] Re: どうして人生相談はダメか

投稿者: 男前の青年 投稿日:2019年 5月15日(水)16時32分48秒   通報   返信・引用 > No.5097[元記事へ]

全てを脳の狂いとした短絡的な断定と違い、森田正馬氏の回答には、精神への理解の深さと教養がにじみ出た明快な説得がされている。
そして全てを雑用に帰結する迷妄では無く、現実を軽便、迅速、有効にしたいという工夫から、行動が起こるとの説明がある。

森田博士の著書より
私はこの治療中は、患者に純な心、自己本来の性情、自ら欺かない心とかいうものを知らせるように導くことに注意する。純な心とはわれわれ本然の感情であって、この感情の厳然たる事実をいたずらに否定したり、弥縫したりしないことである。
われわれはまずこの事実を本として発展するのであって、善悪、是非の標準を定めて、その上でそれに則るという理想主義でなく、また自分の気分を満足させるという気分本位でもない。今われわれが仕事をするとき、たとえば嫌なこと、面倒なこと、そのままの心から出発したときには、そこに必ず軽便、迅速、有効にしたいという工夫が起こる。

エジソン氏が郵便局の給仕であったときには、重い小包を運ぶのが嫌さに、軽便な小車を工夫し、また汽車の車掌であったときには、当番交代の時間をいたずらに待つのが煩わしいために、目醒まし時計を発明したことがある。これらはみな、この純な心から発展してはじめてできることである。
けれどもそれと反対に理想主義の人は、われわれは努力し、忍耐強くなければならない、嫌とか面倒とか思ってはならないと考え るために、精神はいたずらにその感情を否定しようとする不可能な努力に費やされる

たとえばわれわれが過って皿を落として、割ってしまったときに思わずそれを取り上げて、継ぎ合わせてみることがある。これは、惜しいことをしたという純な心である。継ぎ合わしても、壊れた後で元のようになるはずはない、馬鹿げたことである、というのはすでに悪智である。純な心そのままであるときには、時間がたてばこの残念な心も念頭から離れるのだが、他日再び皿やその他の壊れやすいものを取り扱う場合に、電光のように前に割ったときの経験が再現して、その物の置き方、取り扱い方に適切な工夫ができるようになる。


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