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カテゴリ:[ 健康/医療/介護 ] キーワード: 神経症 森田療法 対人恐怖


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[5399] 狂いの自覚

投稿者: 投稿日:2019年 6月21日(金)10時26分10秒   通報   返信・引用

ただ、管理人さんが、
「神経症は精神病だ」というとき、
それは、
神経症者に対して、
自己の狂いをはっきり自覚しなさい、
ということを意味していると、
わたしは理解しており、
それは、まったくもって正しいと思ってます。

森田療法と無為療法の最大の違いは、
森田療法では神経症の症状を正常とみなし、
無為療法では神経症の症状を異常とみなしているところです。

森田療法では、
神経症の症状は、健常者にもあることだから正常、
ということが言われますが、
仏教的観点に立てば、
すべての衆生が救われなければいけないとされ、
すべての衆生が狂っているとされます。

そういうことから、
わたしは、すべての人間が神経症者である、
そう考えております。

ただ、
一般的な意味での狂いと、
仏教的意味での狂いとは、
その意味する範囲の広さがまったく異なっており、
仏教的意味での狂いが意味する範囲の広さはものすごく広いです。

だから、
普通の人だったら、狂いとみなさないような、
たとえば、出世して偉くなりたい、オリンピックで金メダルを取りたい、
というような、欲求まで、
仏教では狂いとみなされます。

なぜなら、
このような欲求は、心の平安を壊すからです。

親鸞は、29歳ときに、
法然の浄土宗に出会い、救われてから、
50年以上が経っても、

「自分は狂っている。自分はおろかな人間である」

ということを絶えず自分に言い聞かせ、
常に自分の中の狂いをみつめ続けた人でした。

そういうことを学んだから、
森田療法家が言うような、
自己の欲求に素直に従って、バリバリ努力しなさい、
仕事でも出世できるよう頑張りなさい、
というアドバイスに、違和感を覚え、
この点において、
仕事だ勉強だ結婚だを言わない、
管理人さんに同感するわけなのですが、
ただ、管理人さんも管理人さんで、
英語自慢、動き自慢、治り自慢といった、
自己の中の狂いを克服できていないと、わたしは思っているので、
管理人さんに対して、100%同調はしておりません。

森田療法と浄土真宗の、
どちらが心の平安に役に立つか、
どちらを支持するかは、
人それぞれだとは思いますが、
100年後、200年後、1000年後まで残るのはどちらかと考えれば、
答えは自ずからでるのではないかと、
わたしには思われます。


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