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[7535] 「雑談恐怖」や「暇時間恐怖」こそ「神経症の本質」

投稿者: ぐると 投稿日:2020年 7月31日(金)07時24分46秒   通報   返信・引用

昨日はまったく「怒りの日」であった(もちろん「意味が違う」けど)。
何が?、というと「たった1つ」、この投稿のこの行の内容を「太字」にするのを忘れていたことだ。
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7516

> 要するに「森田」でも「無為」でも、この「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」は治せないということだ。

これは痛恨であった。以前ほぼ同じ内容の文章を「ある板」に書いた時はちゃんとそうしていたのに!
昨日はその前に2本投稿したのが災いして、注意が疎(おろそ)かになってしまった。
それも気づいたのが遅くて、HNさんの掲示板でもそうなっている。
後で気づいた時は愕然として、口惜しくて口惜しくて夜も寝られないとはこのことだ(笑)。

という前置きはさておき、昨日のこの投稿で、いちばん肝心なこと、言いたかった内容はこれなのだ。

要するに「森田」でも「無為」でも、この「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」は治せないということだ。

「森田療法」では、症状について「不問」にして作業を続ければ、
そのうち「心の転回」が自然に起こり、悩みが解決する、ということになっている。

しかし私はこれは「ずいぶん疑わしいものだ」と思っている。

悪いけどHNさんの体験談を借用しよう。自分のことを話してもいいけど、
そうすると此処のバカ管理者が勝手に内容を捻(ね)じ曲げて
「くるとさんは今日もそのことを悩み続けてる」とかいつまでも書いてくる。
そういうのは不快だからな。
http://nomura.sub.jp/contents1.html

このページを見ると、HNさんは長い間「離人症」のような症状に悩まされていたらしい。
それで森田療法を受けたけど、退院後も「苦しいのは同じだった」とよく書いてるよね。

それが一気に解決したのは、例の「ある日玄関の靴を揃えていた時の発見」があってから。
ところでこのような「悩みの解決」「心の一気な転回」とは、けっして
「森田療法を行なった人のすべてが必ず到達できるものではない」と私は考える。
もっと言うと「森田とは無関係」、強いていえば「その人の素質と努力次第」と思っている。
だから治った状態とは、必ずしも一様ではなく、人によってある程度、各々異なるものになるだろう。

それともう1つ、私はこれら「雑談恐怖」「暇時間恐怖」というのは、
「きわめて重要な神経症の症状」だと思っている。

じつは「雑談恐怖」というのは、森田の本などに載ってそうで案外載ってない。
「雑念恐怖」なら、昔ながらの森田本(「白揚社」から出てる「森田正馬」や「高良武久」の本)にも
けっこう載っていて、古くからよく知られているようで、みなさんお馴染みなのではないか。
しかしこれは「名前がよく似ている(1字違い)」だけで、内容はもちろん全然違う。

このように「仕事や勉強などの重要な局面で起きる不安恐怖症状」ではなく「日常の一般的場面で
漠然と起きる不安恐怖」というのは、やはりどちらかというと「新しい神経症の症状」であるようだ。

度々の喩えになるけど、HNさんの「離人症」にしても、ある「特定の場面」での不安恐怖ではなく、
おそらく24時間いつの場面でもついて回った性質のものだったのではないか?

逆にいうと「何かに没頭した」「生きるか死ぬかの局面で、神経症どころではなかった」ということで
「神経症がどこかに行ってしまった状態」は、じつは「神経症が治った状態とはいえない」と思うのだ。
そうではなく「日常の何げない生活で不安恐怖が克服できた状態」こそ「治った境地」といえると思う。

それゆえ私はこれら「雑談恐怖」「暇時間恐怖」こそ、じつは「神経症の本質」だと思っている。
だから、猫仙人さんは「もう解決した」と書いているけど、これらの内容について、
活発な意見交換がされることは、やはりきわめて有意義なことではないかと思っています。
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7517


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