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Re: 【白堊著書】「メートル法と日本近代化 --- 田中舘愛橘と原敬が描いた未来」

 投稿者:事務局)藤井 則夫  投稿日:2019年10月21日(月)08時38分3秒
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吉田春雄さんの投稿記事から、【白堊著書】コーナーへの登録です。

「明治11年東京大學理学部物理学科に入学した田中舘愛橘は、地球物理学の測地学を通してメートル法の合理性に目覚めます。当時から大正時代まで、日本の度量衡体制は江戸時代からの尺貫法、イギリスから海軍に導入されたヤード・ポンド法やドイツ・フランスから陸軍にもたらされたメートル法などの単位系が混在し、産業、経済、軍事から学術にまで混乱をもたらしていました。愛橘は東大助教授の頃、外交官になっていた盛岡藩校同級生原敬と日本の近代化のために度量衡法の基本単位系にメートル法を据えるべく語り合い、盟友になります。
度量衡単位系の混在により日露戦争で弾丸と銃砲の口径が合わなくて苦労したにもかかわらず、
海軍は日英同盟がある限りイギリスの方式を堅持し、貴族院の保守的な議員は日本古来の尺貫法
の継続使用すべしと主張し、愛橘の単位系統一は四面楚歌でした。ところが大正3年に欧州大戦が勃発し、その後日本から大量の輸出をするようになると、産業界から仕向け地に合わせた単位系への要望が高まりました。しかし、学者である愛橘には法を改正する力はありません。
 外交官から政治家に転向し政友会を率いて内閣総理大臣になっていた敬は、盟友の窮地を救うべく内閣に委員会を作り、大正10年に度量衡法を改正して主たる単位系にメートル法を据えました。この改正は目立たないものですが、後の日本近代化を進める大きな礎になったのです。その改正からわずか7カ月後、敬は東京駅で暗殺されます。
 30年後の追悼集会で94歳になった愛橘は、「あの改正は君のお陰だった」と感謝の言葉を述べ、深い哀悼の意を捧げました」

この本は定価1,800円+消費税で一般書店にて販売していますが、盛岡一高卒業生(在校生含む)には須藤鷹千代先輩の支援により送料込み1,000円でお分けします。
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